タイムドメイン理論由井氏に違和感を覚える 富士通テン TD307~

こんにちは ナックオーディオ中村です。

いや~ 昨晩から今日の朝にかけて台風が通過しましたねぇ~
みなさんのお住まいの地域は大丈夫でしたでしょうか?

今現在の東京は台風一過の青空が広がっていて、なんだかすごく気分がいいですねぇ~
まだ風は多少強いですが、雨上がりって なんだか嬉しくて外に出掛けたくなりますねぇ
と、、、思いながら、、、、仕事しています。。。


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さて今日は 富士通テン ECLIPSE TD307 を朝から鳴らしております。
たまには こういったかわいらしいスピーカーも当店にやってきます
そして モノ珍しく いろいろ鳴らしています。

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特徴的なタマゴ型スピーカー
背面に1cm径くらいのバスレフがあります。
テーブル設置時には オリジナルの状態で3本脚スタンド

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今回当店にやってきたのは、サラウンドバック用としてつかっていた スタンドが付属します。

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上下方向に30度づつ 左右方向にはフリーに動き、なかなか便利です。
写真ではケーブルは垂らしてありますが、スタンドの背面に溝があり、キレイに隠れるようになってます。

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じつは、このスタンド、すごく良くできています。
3本脚もものすごくシッカリ作ってあり、中心にスタビライザーが設置してあり、かなり安定しています。
他メーカーのこの手のスタンドって、割とデザイン性だけで作られているモノも多いので、なんだか新鮮です。

さて。。。。。 この 富士通テン ECLIPSE TD307
タイムドメインスピーカーを銘打って設計されたスピーカーです。

じゃあ そもそも タイムドメインスピーカー って何??? って話です。
タイムドメインスピーカーは「タイムドメイン理論」なる定義に基づき設計されたスピーカーである。
その「タイムドメイン理論」とは株式会社タイムドメイン創設者である由井啓之氏により音響特性(周波数特性)ではなく、実際に耳に届く「時間軸」を中心に音作りを唱えた理論です。
その理論は、「音」の持つ周波数の基本的理論からはじまり人間工学に基づく話まで、様々なデータにより理論化されています。(とてもここでは書ききれません)
そしてタイムドメインスピーカーを代表する「Yoshii9」が由井氏によって作られました。
見た目は薪ストーブの煙突そうろうの「なんじゃこりゃ?」ですが。

yoshii9seihin

煙突の上部に上方向を向いたフルレンジユニットを設置した無指向性スピーカー
これがタイムドメインかぁ。。。。。

まぁ、簡単にタイムドメイン構造だけを説明すれば、スピーカーユニットをエンクロージャー宙吊り状態にしましょうと。。
(※ここで言うスピーカーユニットとは、所謂一般的なダイナミック型スピーカーでの話です。)

ユニットに電気信号が送られ、コーンが前に押し出される際に、エンクロージャーを後方向に押す影響が、エンクロージャーに悪影響を与え、さらにユニットの持つ正弦波を乱すという。

この時点で疑問に思う方も多く、そもそもコーン(コイル、センターキャップ含め)ってユニットのフレームの中で、エッジ、ダンパーによって宙吊りになってるんじゃなか?

それでも、ユニットのフレーム自体にもダンパーエッジの存在のような存在の「防振、吸収」が必要だという。

う~~~ん。

私の考えでは、まずエンクロージャーを後方に押す程ユニットに力があるのだろうか?と。。
仮にそれだけの力があるユニットだとしたら、なおさらユニット固定は強固で重厚な方が安定する気がしますが。。
人間でも力強く踏ん張りたい時は、足元は柔らかいより、頑丈な方がより安定し、本領発揮できる感じがするんですけどねぇ。。。

そして、ユニットサイズに限界もある為、低域再生にはエンクロージャーの共振を最大限生かすらしいと。。

まぁ、由井氏のエンジニアとしての研究心は敬意をもってリスペクトいたします。

う~~~~~~~~ん。

しかし、この由井氏の「タイムドメイン理論」。。。。 なんだか違和感があるんだよなぁ。。。

そもそも論の話になってしまうが、この「タイムドメイン理論」
由井氏本人の持つ「良い音」論の上に成り立っている。
しかも、由井氏のかなり個人的な「感覚値」による定義から始まっている感じがする。

ここからは ナックオーディオ代表の私 中村賢司 の持論です。
もし読まれた方が「何言ってんだよ~コイツ」と思う事もあるかもしれませんが、そこはサラッと流してくださいね。。

私は実際に「Yoshii9」を体感したことがある。
六本木ヒルズがオープンしたての時、定かではないがどこかのテナントでBGM用としてYoshii9を導入していた。
しかも結構な音量で女性ボーカルを流していたので、なんとなくだがYoshii9の個性を知る事ができた。
その時の感想として高解像度の「無指向性スピーカー」なのは理解できたが、そこにタイムドメイン理論の奥深さはあまり感じられなかった。
どちらかと言うと、自作スピーカーマニアの間でも割と「おもちゃ」的存在のパイプスピーカーと差ほど変わらない印象だった。
または、ひどい言い方だが、テナント内の聴く位置によっては BOSE 101 スピーカーの片側の+/-結線を間違えて、位相が狂った音にも近いかもしれない。
ようは、その時その場所で、私にとって無指向性スピーカーは「良い音」とは思えなかったのだろう。
私自身が無指向性スピーカーを「飛び道具」的な先入観があるのも確かだし、純粋にピュアオーディオとして受け入れてなのかもしれない。。
ただ、高性能な無指向性スピーカーなんだろうなぁとは思いましたけど。

マイクロソフト創設者のビル・ゲイツがYosii9を聴いて「自宅の7000万円をかけたオーディオシステムより良い音だ」と言ったという逸話もある。
ビル・ゲイツは無指向性スピーカーを初めて聴いて、よほど新鮮だったのか?
そこまで言うなら、ビル・ゲイツはYoshii9を購入したのかなぁ・・・。
彼にとって7000万円など大した事ないだろうから、高額オーディオを持っているのはホントだと思うけど。。。
まぁ、、ビル・ゲイツに会えるだけで相当すごいことではあるが。。。

由井氏の「良い音」ははたして万人の「良い音」なのだろうか??
タイムドメイン理論をよく読み解くと、「原音再生」とか「良い音」とか、そもそも定義され難いアバウトな「感覚値」を基準にした「持論」を「理論」としてスタートしている。

タイムドメイン理論を読めば読むほどにその「違和感」が強くなる。
もしかしたら由井氏は「原音再生」と「録音源の理想の再生」を混同しているのではないだろうか?

私の持論では「原音再生は不可能」だと思っている。
そもそもこの世に存在する録音物に、原音データがそのまま収まっているモノなど存在しないと思っています。
もっと大げさに言えば、自宅の部屋で原音が鳴ったとしたら、それは「良い音」なんて代物ではなく、聴き続ける事が出来ない「不快な音」に尽きるでしょう。
ハッキリ言って「原音再生」とは錯覚であり、正しくは「原音をイメージできる再生」であり、どれだけ原音をイメージし易いかという言い回しです。
そして、その原音をイメージさせてくれる再生には、原音とは別の独自の技術や表現力が多様にある為、オーディオ芸術という楽しみが存在します。
そして録音の技術の進化と共に、再生技術も時代を経て進化してきました。

そして「良い音」や「原音イメージ」という「感覚値」は人それぞれの記憶データからなる、かなりいい加減なモノであり、例え数値データ上まったく同じ「音」であったとしても、その日の気分や体調、気温や湿度、目に見える景色、感じる匂い等でもかなり変化がある。
若い頃「良かった」と思える感覚やセンスが、歳とるとともに変わりゆくように「良い音」の感じ方も時間を掛けて変化するものだと。
人間なんて所詮いいかげんであり、だからこそ「実直さ」や「生きる面白み」があるのだと思う。
そして、オーディオの楽しみ方も千差万別あり、人の数だけ「良い音」の数もあるんです。

そして、オーディオ論として再生する音源にに対しても「良し悪し」もある。
レコーディングされた音源、作品が必ずしも「良い音源」ではない。
音源だけに限らず、ライブやコンサートでさえ、アーティストが100%納得いく音作りが出来ているとも思えない。
何度もリハーサルを重ねて音作りをしても、本番で100%納得いく音が表現できているかどうかも答えはない。
PAやレコーディングミキサーのセンスによっても、かなり音源作りも違う。
そして、その音が録音された時代によっても「良い音」のセンスもかなり異なる。Hi-Fi幕開け期の音源なんて、今聴くととんでもない事になっているモノもある。
そして、個人が体感する基準となる「原音体験」。
コンサートホールでも席の位置やその日の気温や湿度によって、かなり聴こえる音は違う。
ライブハウスでもステージ機材の良し悪しなんて当たり前にあり、相当いい加減なモノだ。
しかも、演奏するアーティストとPAの息が合わないと、そのライブ自体もずさんな結果となることも多い。

由井氏は理想の音源として「加工されてない音源」と言っている。
アンプラグドの生楽器の音の事を言っているようだが、マイクを介してアンプを介して録音している以上、無加工ではない。録音時のマイクの音とアンプの音、オープンデッキの音、細かく言えばマスターテープの品質自体の音も加わる。
生楽器の音が聴ける人は演奏者とそこに居る人だけで、音源の中に「生音」は存在しない。
さらに戦後時代JAZZのレコード再生がいいとも言っている。
当時のRIAAカーブのいい加減さや、プレス技術のいい加減さを理解して言っているのかは定かじゃないが。
そして、私は加工されていない音源というのを一度も聴いた事が無い。

今どきのJ-POPの事を言っているのかわからないが、ラジカセ基準の音楽と揶揄し、重低音を意識した音楽を「人工装飾」。スタジオミキサーさんの耳の良さと、音作り技術や機材を知った上で言っているのだろうか?
そして、恐らくバンド音源の事を言っているのだろう、一色単に〝ヘビイメタル” と括り「加工品の音」と言い切る。
生粋のメタルファンの前で口にすると身の危険もあるので、くれぐれも気を付けてほしい。
生楽器やボーカルは電子楽器、シンセサイザーより情報量が多いと、何を根拠に言っているのかわからない事も述べている。
ハモンドオルガンとレスリースピーカーの心地よい音や、フェンダーローズの甘いトーンなどの音を知らないのだろうか?

由井氏の音源に対する考えは良くわからないが、そこまで様々な音楽ジャンルを「加工品」「変な色付け」と揶揄するなら、タイムドメインスピーカー専用の音源でも作られた方が良い気がする。

その点故長岡氏の言うことは懐が深い。
「すべての良い録音源はどんなジャンルの音源であれ、良く再生される権利がある」と言っていた。
長岡氏流の理論は当然あるが、他のオーディオ世界や音楽感を否定する人ではない。
まぁ、最終的に機関車や爆発の「音」まで再生実験する神レベルにまで達していたのだが。。。

私は「良い音」には定義も理論も存在しないと思っている。
しかし、人間の可聴帯域にとって、最低限バランス良く聞こえる「理屈」「原理」は存在するので、そこに対しての性能の良し悪しは必ずあり、高性能を望めばおのずと再生技術にも見合った良い音源も必要になる。
オーディオの技術者達はある一定の「良い音」を想像して考え、作り、その中で個性を生かす技術を追求しているはずです。
ようはその「個性」にこそ価値がるのだと思います。

一言で言えば、数あるオーディオの中から「その人にとって「良い音」であればそれでいい」のです。

私はオーディオに関わる事を生業としていますが、オーディオ製品を作り出すクリエーターではありません。
世に送り出された数々のオーディオには、必ずどこかに価値があり、そしてどこかに需要はあるのではないかと思っています。

由井氏は言う「従来の理論が間違っているから、良い音が出ない」と。

一つの定義に囚われると、何かを否定しないと理屈が通らなくなる。
古き良きオーディオ、新しき良きオーディオ。温故知新。
私はこの世に存在するオーディオ達を「間違っている」とは絶対思わないだろうと。
そして「良い音」「良い音楽」作るアーティストの「生みの苦しみ」を、音源制作に関わる技術者達の「努力」をリスペクトし続けます。

私は死ぬまでに、耳が聴こえなくなるまでに、どれだけ面白いオーディオ体験できるか、私にとって「良い音」に出会えるかを求めています。
大好きなオーディオ、音楽くらい自分の好きに、自由に幅広く楽しみたいものです。

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