あの日の突然の恐怖から7年。

もう7年か。。。
まだ7年か。。。

地震の恐怖 津波の恐怖 地盤沈下の恐怖 そしてなにより 制御不能な原発の恐怖

東京では震災直後から2時間後にはガソリンが買えなくなります。
スーパーに行っても食料も乏しくなり、米等の保存のきく食料品はあっという間に売り切れ
ペットボトルの水も買える状況ではありませんでした。
電気の不安が話題になれば、すぐさま電池は売り切れ、懐中電灯、ろうそくまで手に入らない。
ホームセンターに行けば、発電機も売り切れる始末。
東京は常に「無駄に」モノが溢れていると思って生きてきましたが、流通と電気が途切れると、東京が如何に「生命力」が弱い地域なのかと
東北とはまた違った「東京ならでは」の震災の怖さを味わいました。

そして
震災から5か月後、宮城へ行ったあの景色
いまだに目に焼き付いております。
悲惨を通り越した「無」に近い感覚
震災被害というよりも「無」な感じ。
「かわいそう」「大変そう」「がんばれ」 そんな言葉すら簡単に出てこない景色
ただただ 黙ってしまった景色
恐らく、戦後の焼け野原の景色も この感覚に近かったのだろうと想像する
できれば もう二度と見たくない景色

仙台空港近くの浜辺に行くと、何もなかったような穏やかでキレイな景色が広がっている
人間が価値を置き、大切にしてきたモノ
「愛」「希望」「時間」「お金」 その他たくさんのモノ
そんなモノ 津波の前では 何も約に立たない 無力でしかないのだと
まるで、人間の存在自体をあざ笑うかのような そんな美しい海の景色だった

7年経った今でも あの時の気持ちは忘れていません
そして これからも忘れるつもりもありません

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